島田虎之助 しまだ・とらのすけ

文化11年(1814年)〜嘉永5年9月16日(1852年10月28日)


島田虎之助の墓



島田虎之助の墓

(東京都台東区松が谷・正定寺)





(平成19年12月28日)

島田虎之助の墓

台東区松が谷2丁目1番2号 正定寺

虎之助は直心影流島田派の剣客。
文化11年(1814)に豊前国中津(現大分県中津市)藩士、島田一郎右衛門親房の子として生まれた。
10歳頃から、中津藩剣術師範掘十郎左衛門の道場で学んだ。
上達が早く数年後には、藩内で相手になる者はいなかったという。
16歳の春および翌年には九州一円を武者修行し名声をあげた。
天保9年(1838)に江戸へ出て、男谷精一郎の内弟子となった。
一年余で、師範免許を受け、男谷道場の師範代を勤める。
同14年、東北方面に武者修行の後、浅草新堀で道場を開く。
その道場には、勝麟太郎(のちの海舟)も通った。
虎之助は男谷に次ぐ幕末の剣豪といわれたが、嘉永5年(1852)9月16日に39歳で病没。
墓碑には「余、哀歎ほとんど一臂を失うごとし」と男谷精一郎の銘文が刻まれている。

平成15年3月
台東区教育委員会

(説明板より)

正定寺



正定寺
(東京都台東区松が谷2−1−2)





(平成19年12月28日)

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